2017年11月9日木曜日

紅葉がきれいですね~

村は紅葉シーズンに突入し、道の駅は連休は大混雑していました。

僕は道の駅でレジ打ちをしていました。

いやあもう、すごい行列で朝から晩までずっとレジ打ちをしていました(笑)

そいで、平日は稲刈りを手伝ったり、クレソン出荷を手伝ったり、林業の方で蒔き割りをしたりしていました。

ふう。日々なかなかの肉体労働で、筋肉痛です。

今日は久々に何もない日で、奥さんも朝から子供を連れて隣町まで出かけているので、

僕は近所の会社の事務所でパソコンでホームページを作ったり、こうしてブログを書いたり、先日ご紹介した「平和論」の本を読んだり、のんびりと過ごしています。

そういえば先週、お世話になっている役場の方たちと一緒に農業の試験センターというところにいってきました。

そこでは、農業についていろいろと研究をしているそうで、新しいハウスの開発とか、この地域でこの作物は何月まで育てられるとか、そういう研究をしていました。

僕はそこで腰の高さほどのミニハウスに興味を持ちました。まだ世に出ていない試験段階のものだそうですが、市販されている機材で作れるということだったので、これはすごいなと思いました。

ここで研修できますか?と聞いたら、いいよ!ということだったので、

これからは週一で隣町まで行って研修を受けさせてもらおうと思いました。

それと、農地に置く小屋を探していたら、

林業でいつもお世話になっている人生の大先輩方が、農機具小屋の設計図をくれて、

いいタイミングでヒノキを切り倒す用事があるということで、

そのヒノキを頂けることになり、なんか色々なことがトントン拍子に物事が進んで、農機具小屋兼作業場をこれから作り始めることになりました。

いや~ありがたい。

都会にいたら、こんなことはありえません。

みんな協力して生きている。そういう村の一面に触れさせてもらいました。心があたたまる村です。

田舎暮らしというのは、引きこもろうと思えば、ひっそりと誰にも関わらずに静かに生活できますが、

そうではなく、村人たちと関わりを持って、手伝ったり手伝ってもらったりの関係を築くと都会ではあり得ない速度でいろんなことが実現していきます。

やっぱり、人なんです。

人は一人じゃ生きていけない。支えあって「人」なんだと思いました。

それが依存という形ではダメで、お互いそれぞれがしっかり自立していて支え合うのが理想ですね。

僕もまずは、自然栽培農家として自立できるように村人の農作業等の手伝いをして学びながら、頑張っていこうと思います。

2017年10月29日日曜日

何でも屋

ここのところずっと、忙しくしておりました。

林業で薪づくりをやったり自分の農園のホームページを作ったり、クレソンの収穫〜出荷、それから道の駅のバイトなど。

何でも屋のごとく、いろんな経験をさせてもらってます。

その間、自然栽培の仲間も増えたりしてとっても有意義な日々を過ごしておりました。

最近は雨ばっかりなので、ヨハン・ガルトゥングという人の本を読んでいます。

移住してから、なかなか好きな本を買って読むことがなかったので、

ようやくこうしてまた読書を楽しめるようになったわけです。



あんまり、こんなことは考えたくはないんですが、

世の中の動きを見ていると、日本は「戦争」に向かいつつあると感じるわけです。

特定秘密保護法成立(13年12月)

集団的自衛権容認(14年7月)

日米防衛協力ガイドライン18年ぶり改定(15年4月)

集団的自衛権行使の安全保障関連法が成立(15年9月)

共謀罪成立(17年6月)

そう思う根拠はこれ↑ですね。この流れの先に、憲法改正があって日本が戦争に参加できる国になるというわけです。

じわじわと少しずつ、多くの人が気づかないところでゆっくり情勢は変わってます。

ガルトゥング先生いわく、

「過去のどこかの時点で、米国は、日本が思い通りに動いてくれないのは憲法9条が邪魔をしているからだと気づき、取り除こうと思い立った。憲法9条がなくなれば、自分たちが行う他国への軍事介入に日本を参加させられるようになるからだ。」

ということが書いてありました。

まあ、詳しくはきちんと読んでから書きたいと思いますが、

これは平和ボケしている日本国民が今一度、この国がどこに向かっているのか、

どこを向いて政治が行われているのか、

この国の未来を考えた方がいいと思うわけです。

こないだ東京新聞で取り上げられていましたが、世界のマネーと日本の年金が軍需関連企業の株を買い上げているという記事が載っていました。

ということは、単なる妄想ではなく、実体経済が戦争に向かっているということです。

まあ、楽観的に考えたら、

世界の膿が出て来るということなのでしょう。

そして、新しい時代が開いていくんだと思います。産みの痛みともいいますけどね。

ただ、痛みは少ない方がいいですよね。

つづく。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201709/CK2017091702000126.html

http://bunshun.jp/articles/-/4609


2017年10月18日水曜日

林業gogo

今日も林業のお手伝いをしてきました。

丸太を切って、薪割りして、そして束ねる。

今月と来月は紅葉のシーズンなので、土日はキャンプをする人が大勢いらっしゃいます。

だから、薪もたくさん出るんで、せっせと作りました。

天気が良くて、山は最高でした!




大自然の中にいると本当に癒やされます。

力がふつふつとわいてきますね。

お昼はみんなでうどんを食べに行きました。

僕は時々、都会に住んでいた時の事を思い出し
ます。

あの頃はほんと色んな事を考えて生活していたなあと。

お金のこと、仕事のこと、家庭のこと、子供のこと。

そういう事を嫌でも考えてしまう。

いろんな事が心配になってしまうこともありました。

まわりに何でもあると、逆に無い物も見えてしまうんですね。

自分にはアレがないコレがない。そういう考えに陥りやすい。

でも、ここ村の生活は逆です。

まわりにコンビニもスーパーもない。便利なお店もカラオケも飲み屋も服屋もない。

あるのは自然。

すると、何にもなさ過ぎて、今度は逆に満ち足りてくるのです。不思議ですね。

あるから欲しくなるわけですね。無いならないで、最初から欲しいなんて思わなくなる。

すると、余計な心配事は全く浮かんでこない。

それどころか、だんだん満ち足りてくるんです。

そして鈍感になっていく。心が広く大きくなっていく。

そうなってくるとさらに不思議なことに

何か問題があっても、
「何とかなる」と、根拠もなく思えてくる。

心が強く健全になってくるんですね。

自然には癒やしのパワーがあるんだなと思いました。

これからは、自然に癒やしを求める人達が増えて来ると思います。

もう都会のストレス生活には疲れた。という人はキャンプでもして、自然に癒やしてもらうのはいかがか。

これからの世の中は、そういう癒やしに価値が出て来ると思います。

物質的な価値よりも精神的な価値を人々が求める時代だと思います。

つづく。

2017年10月13日金曜日

献血できず。

今日は午前中は林業の薪の結束を手伝って、

その後に村の定食屋でご飯を食べていたら村人に献血に誘われ、その足で献血に来たんですが、

残念ながら、「脳卒中」を過去に患っていた僕は献血が出来ませんでした。

残念でした。

お医者さんは「お若いのに脳梗塞だなんて珍しい」って言ってました。

あまり自分では自覚がないのですが、世間的には珍しいんですね。

僕は病気のおかげで食生活や生活習慣を見直すようになったし、

ライフスタイルも大きく変わりまして、結果はいい事ばかりです。

ただ、5年間は再発しやすいと言われていて、実際に今年再発したんですが、それが前回よりもすごく軽くで済んで良かったと思ってます。

さて、今日は村の仲間たちと映画「もののけ姫」を観ようと言う事で夜集まります。

僕は明日は朝から道の駅のバイトがあるので、あまり遅くまでは居られませんが、

楽しみです。「もののけ姫」は何回も観てますけど、それを観てみんなで語るということが楽しい。

読書会に近い、映画鑑賞会です。

村生活も仲間が出来て来て楽しくなってきましたよ。

つづく。

2017年10月11日水曜日

林業デビュー!

農業をやるつもりが、まさかの林業デビューをしました。

いや、農業はもちろんやりますよ。ただ、今はまだ農地を手配中なので、やりたくても出来ないわけです。

そこで、暇人な僕は村の色んな仕事を手伝っています。

ある時は村のイベントのテキ屋、ある時は移住ガイドのお手伝いで移住希望者とあってお話したり、ある時は道の駅でバイトしたり。

そして今日は林業デビューをはたしました。

これから紅葉のシーズンを迎えますと、村に数十件あるキャンプ場は、焚き火に使う薪を調達しなければなりません。

そこで林業が活躍するわけです。

林業の中でも、僕がお手伝いさせてもらったのは、薪の製造です。

木を伐採して、チェーンソーで切って丸太にして、それを薪割り機械にかけて、最後に薪の束を結束するという流れでした。

こんな感じ。







要するに今の僕は「何でも屋」です。

今月は他にも稲刈りのお手伝いもする予定だし、クレソン刈りのお手伝いもする予定です。

暇で引きこもるつもりが、意外と忙しく動いています。

それにしても、林業は力仕事でした。

運動不足の僕には、ちょっとハードでした。

少しずつ身体を動かして、体力を戻していこうと思いました。

ありがとうございました。


2017年10月4日水曜日

どうするか!

いよいよ明日、ネットが我が家に開通予定!

移住してからというもの、ネットがしたかったらパソコンをもって近所の会社さんの事務所にお邪魔してカタカタやるということを繰り返しておりました。

もう最近では、鍵も自分であけるようになり、事務所の印刷機やコーヒーメーカー等を自由に使わせてもらって、

くつろぎながら農地を借りるための資料を作ったり、農務事務所に出す書類をつくったりしていました。

ありがたかった。非常にいい人たちがいる村です。

しかも、事務所にいるとそこへの来客があれば僕のことを紹介して下さって、

僕もいろんな方面に挨拶ができて、リアルな繋がりがたくさん出来ました。

そして、ついつい朝方近くまで事務所で社長さんたちと今後のビジョンなどを話したり、

ぶっとんだ精神的なお話をしたり、楽しくて時間を忘れて喋って、気づいたら朝3時!とかいう高校生みたいなノリもしばしば。

ネットがなかった事で、こういう体験が出来たことも逆に有難かったな〜と思っています。

それがついに!明日です!

移住してから約1ヶ月半。

我が家がネット環境を手に入れる。

毎日ブログを書ける!なんて嬉しいことなのでしょう。

都会にいたら、この喜びは感じられなかった。。ありがたいことです。

さて、今日は朝から車で1時間ほどのところにある農務事務所に村役場の方といってきました。

僕のやりたい農業は、無農薬、無化成肥料、無動物性堆肥で、しかもインターネットでの販売がメイン。という非常にニッチな農業です。

しかし、この辺の村の農業は農薬や化成肥料を使った一般的な慣行農業ですから、僕がやろうとしていることは、当然ながらあまり理解されません。

ですから「本当にそんな農業がうまく行くの?」と心配されてしまいます。

うーん。どうしたものか。
まあ、あまり一般的ではない農業なので仕方ないんでしょうね。

僕が成功例になって行かないとなとヒシヒシと感じております。

つづく。

2017年9月23日土曜日

息子が‥

一昨日、昼間は村のとある会のバーベキュー大会におよばれして楽しいひと時を過ごしていました。

皆さん、人生の大先輩たちで、数十年前に村に移住してきた時のお話を聞かせてくれたりして、僕達家族を歓迎してくれました。

そう、日中は楽しかったのです。本当に。

問題は夜でした。

僕が移住ガイドさんの事務所でパソコン作業を終えて、夜8時頃に帰宅すると、

妻が息子を抱いて座っていました。

熱が出て、なかなか寝付けずにグズっていたそうです。抱っこしていないと泣くという状況でした。

「まっててね、今すぐシャワー浴びてくるから!」

そうして急いでシャワーを浴びて、その後息子を抱っこして寝せることにしました。

そして、僕が抱っこを代わって妻がお風呂へ向かいました。

すると、息子がフニャフニャしだして、ガクガクと痙攣しはじめ、目の焦点が合わなくなりました。

僕は超絶に驚き、妻を呼び戻して、

妻に息子を託して、119番に電話しました。

しかし、電波が悪くて途中で通話が切れたり、声が聞こえなかったり、なかなか上手く通話ができず。

息子を見るともう、口から泡をはいていました。

顔色もヤバ過ぎ。真っ青の唇ムラサキ!

「ヤバイ!息子が死んじゃう。」そう思いました本当に。

何故なら僕は小さい子が熱を出したときには熱性痙攣を起こす事も多々あるという事を全く知らなかったからです。

でも妻は意外と冷静でした。痙攣の持続時間を見て、病院にいく準備をして、僕に色々と準備の指示をし、

救急の電話も妻がかわって、息子の服を緩めたり気道を確保したり、ぬかりのない感じでした。

さすが。幼児英語の先生をしてたこともある妻。たくましく救急の電話も対応していました。

救急車が10分もしないうちに家の前に来て、僕たちは財布や上着など簡単な荷物だけを持って外に出ました。

妻と息子は救急車へ。僕はマイカーで病院に向かうことに。

病院までは車で約1時間。しかもクネクネ真っ暗の山道。

僕は一人、不安と戦いながら車を運転。ついついスピードが上がってしまいます。

「何だあの痙攣は?突発性のなんか?とにかく、死なないでくれ。頼むっ!」

そう、思いながらようやく病院まで辿り着き、夜間通用口から入り、妻に会って息子の顔色が若干戻っていることに気づき少し安心しました。

先生と話して、おそらく単純な熱性痙攣だろうけど、万が一髄膜炎や感染症の可能性もまだ残るので、入院して少し様子を見るとのこと。

ああ、良かった。何とか命は助かりそう。

そう安堵すると、何だかぐったり眠くなってきて、付き添い入院の妻に息子を任せて、

僕は再び山道を通って自宅へ。

家に帰るとシーンとしていて、ものすごく久しぶりな感じがして、寂しさがこみ上げて来ました。

普段いる家族が、妻と息子がいない。。

しかし、疲れていて、布団に入ると爆睡してしまいました。

で、朝起きてすぐ妻に電話。息子の様子を聞くと点滴をしてぐっすり寝ているとのこと。

それを確認してまた二度寝してしまいました。

さっきも、夕方病院に行って様子を見てきました。

もう熱も落ち着いて、ベッドの上で静かに遊んでいました。

はやく動き回って遊びたいんだろうなー。

そう思いながら、帰って来ました。

普段当たり前にいる家族、元気なときにちゃんと感謝を伝えたり、愛を伝えたりしておきましょうね。

そんなことを思うわけです。今日も一人ですが、まあ、少しの辛抱です。寝ます。

ありがとうございました。