2017年9月23日土曜日

息子が‥

一昨日、昼間は村のとある会のバーベキュー大会におよばれして楽しいひと時を過ごしていました。

皆さん、人生の大先輩たちで、数十年前に村に移住してきた時のお話を聞かせてくれたりして、僕達家族を歓迎してくれました。

そう、日中は楽しかったのです。本当に。

問題は夜でした。

僕が移住ガイドさんの事務所でパソコン作業を終えて、夜8時頃に帰宅すると、

妻が息子を抱いて座っていました。

熱が出て、なかなか寝付けずにグズっていたそうです。抱っこしていないと泣くという状況でした。

「まっててね、今すぐシャワー浴びてくるから!」

そうして急いでシャワーを浴びて、その後息子を抱っこして寝せることにしました。

そして、僕が抱っこを代わって妻がお風呂へ向かいました。

すると、息子がフニャフニャしだして、ガクガクと痙攣しはじめ、目の焦点が合わなくなりました。

僕は超絶に驚き、妻を呼び戻して、

妻に息子を託して、119番に電話しました。

しかし、電波が悪くて途中で通話が切れたり、声が聞こえなかったり、なかなか上手く通話ができず。

息子を見るともう、口から泡をはいていました。

顔色もヤバ過ぎ。真っ青の唇ムラサキ!

「ヤバイ!息子が死んじゃう。」そう思いました本当に。

何故なら僕は小さい子が熱を出したときには熱性痙攣を起こす事も多々あるという事を全く知らなかったからです。

でも妻は意外と冷静でした。痙攣の持続時間を見て、病院にいく準備をして、僕に色々と準備の指示をし、

救急の電話も妻がかわって、息子の服を緩めたり気道を確保したり、ぬかりのない感じでした。

さすが。幼児英語の先生をしてたこともある妻。たくましく救急の電話も対応していました。

救急車が10分もしないうちに家の前に来て、僕たちは財布や上着など簡単な荷物だけを持って外に出ました。

妻と息子は救急車へ。僕はマイカーで病院に向かうことに。

病院までは車で約1時間。しかもクネクネ真っ暗の山道。

僕は一人、不安と戦いながら車を運転。ついついスピードが上がってしまいます。

「何だあの痙攣は?突発性のなんか?とにかく、死なないでくれ。頼むっ!」

そう、思いながらようやく病院まで辿り着き、夜間通用口から入り、妻に会って息子の顔色が若干戻っていることに気づき少し安心しました。

先生と話して、おそらく単純な熱性痙攣だろうけど、万が一髄膜炎や感染症の可能性もまだ残るので、入院して少し様子を見るとのこと。

ああ、良かった。何とか命は助かりそう。

そう安堵すると、何だかぐったり眠くなってきて、付き添い入院の妻に息子を任せて、

僕は再び山道を通って自宅へ。

家に帰るとシーンとしていて、ものすごく久しぶりな感じがして、寂しさがこみ上げて来ました。

普段いる家族が、妻と息子がいない。。

しかし、疲れていて、布団に入ると爆睡してしまいました。

で、朝起きてすぐ妻に電話。息子の様子を聞くと点滴をしてぐっすり寝ているとのこと。

それを確認してまた二度寝してしまいました。

さっきも、夕方病院に行って様子を見てきました。

もう熱も落ち着いて、ベッドの上で静かに遊んでいました。

はやく動き回って遊びたいんだろうなー。

そう思いながら、帰って来ました。

普段当たり前にいる家族、元気なときにちゃんと感謝を伝えたり、愛を伝えたりしておきましょうね。

そんなことを思うわけです。今日も一人ですが、まあ、少しの辛抱です。寝ます。

ありがとうございました。

2017年9月14日木曜日

オジサン三人の山小屋白熱教室

いや〜昨日は実にいい日でした。

というのはですね、昨日は移住のことでお世話になった方と、それからもうお一人、僕より先に移住した方(先輩移住者)とゆっくりとお話をする機会がありました。

お二人とも、めっちゃ話が合うことに驚きました。

お互い、興奮を抑えつつ、おそるおそる、少しずつ知っていることを出しあっていく感じ。

普通は精神的な話って、する人を選んでしまうことが多々あると思うんです。

僕が話の流れでちょっとだけ、「人は死なない」とか「魂は永遠」ってこともあるんじゃないかなとか言ったら、

「はぁ?そんなわけないじゃん!」

てなるのがほとんどかと思うんですが、

昨日はまさかの

「やっぱりそうだよね!僕もそう思うよ」という反応が返ってきたんですよ。

僕は、その事がめちゃくちゃ嬉しかった。

一人は興奮して、

「ちょっと待って、俺のむ。めっちゃ楽しくなってきた。」っていって、お酒のワンカップをプシュっとあけちゃってました。

それからは、まるで遠い昔から友達だったかのように、懐かしい雰囲気さえ感じて話がはずみました。

オジサン三人、夜な夜な真っ暗闇の中の山小屋的な事務所で、スピリチュアル話に花を咲かせておりました。

外から見たら真っ暗の中でこうこうと灯りがもれる山小屋の中で、オジサン三人がとっても興奮して楽しそうにはしゃいでいる。

相当コワイ(笑)

でもね、とっても楽しかったです。

そして、話をしているうちに読んだことのある本が結構かぶっていることがわかりました。

ああ、歳が離れていても、住む場所や歩んだ人生はそれぞれ違っても、

同じ時期に同じ本を手に取り、同じようなことを感じていたんだなと思いました。

子供の頃、ジャイアンが言ってた「心の友」をリアルに感じた夜でした。

いや〜村生活は面白い。

これからの人生が楽しみです。

ありがとうございました。

2017年9月7日木曜日

また農地のお話がアリ

いやあ、ありがたいことに、

家の目の前の草刈りしていた空き地。

そこのオーナーがなんと。

僕が農地を探しているという話を聞きつけ、

移住支援センターに電話をくれました。

しかも、そのとき僕はたまたま移住支援センターにいました。

電話の向こうで、何やら僕のことを話していることはわかりました。

農地を使っていいという話でした。

家の真ん前。ここいいなーと思ってたところ。

偶然か必然か、本当にありがたいことです。

確実に使わせてもらえる農地が増えております。

良かった〜、全てに感謝です!

2017年9月4日月曜日

電波が‥

今日はですね、朝からずっと草刈り機のエンジン音が聞こえていました。

どこかとおもったら、家の目の前の草ボーボーの空き地。

朝から二人ががりでずっと草刈り機フル稼働してましたが、まだ全部は刈り取れず。

だいぶ広い空き地ですね。僕が畑にしたいくらいでした。

耕作放棄地、そこらじゅうにあります。

林になったりしてる場合も。樹木が生えている場合はもう、パワーショベルなどの重機を入れないと無理ですね。

ゆくゆくは、耕作放棄地を少しでも農地に戻せるように頑張ります。

そうそう、ネットの工事が10月の一周目に決まりました。

それまで、ネット回線無しです(泣)

くぅ〜。都会から来て一番辛いことはコンビニやスーパーがない事より、ネット環境がない!ということでした。

携帯の電波も非常に弱く、4Gにはほぼならず、3GかHマークがついてます。

電話も、音声が途切れ途切れで会話があまり聞こえません。

それと、写真などのアップロードは厳しいです。

というわけで、ブログの更新も一苦労です。

まあ、それが村暮らしのマイナス面ですかね。

でも、それと反比例して自然環境は最高ですよ。

夜は虫の声と満開の星空。昼は見渡す限り、山、森、そしてどこからともなく川のせせらぎがきこえてきます。

移住して良かったなと思いますね。

空気が美味しいし、何より水がきれいです。

水道水を普通に飲めます。臭くないんです。

さてさて、今日は朝から村役場へ行って、農業委員会に顔を出して来ました。

順調に農地を借りる段取りが進んでいました。

ありがたいことです。

僕が印鑑証明と営農計画書を出せばまたもう一歩先に進みます。

営農計画書、28日までに欲しいと言われたので
それまで頑張って作成しようと思います。

ただ、今回借りる畑だと少し面積が小さいので、その隣の畑も借りれるように後日話をしてこようと思います。

とにかく、何から何まで村の人にお世話になりっぱなしです。

早く農業で自立して、野菜をお裾分けしたり、いろいろ仕事を手伝ったり、

恩返しをしたいと思ってます。

今は毎日たくさんの人達にお世話になって、感謝の気持ちでいっぱいです。

いい村に来ました本当に。

山梨県南都留郡道志村。

移住を考えている人は、ぜひおすすめです。

ありがとうございました。